2月22日

いまから14年と少し前の18歳のとき、自動車の免許を取るのに福島県郡山市に合宿に出かけた。

たしか20日間ほど駅前のホテルに泊まり、毎日教習所に通って免許をとる…という内容だったけれど、誰も知り合いのいない合宿生活の最後に、ひとりだけ知り合いになった人がいた。

当時19歳の彼女は自分と同じく神奈川県から来ていて、なんとなく心惹かれるものがあり、先に合宿が終わって家に帰ってから迷いに迷ったあげく電話をかけた。
「……一緒に免許取りに行きませんか?」

朝早い駅で待ち合わせをして、横浜の二俣川に免許を一緒に取りに行った日。
それが14年前の2月22日だ。


それから4年が経った2月22日。

ふたりそろって横浜の区役所に出かけていった。
手にしているのは赤い婚姻届。
窓口のおじさんに「ハイ、これであなたたちは夫婦です。おめでとうございます」と言われ、海の近くの小さなアパートの1階で始まった新婚生活。

座ると前の壁に頭がついてしまう狭いトイレに大笑いしたり、となりの部屋の人が子どもに「ぞうさん」を歌っているその歌詞までわかってしまう2DKの小さな住まいだけれど、でもやっぱり好きな人と一緒に暮らせるのは嬉しくて、日々ウキウキしていた


そして今日は2008年の2月22日、私たち夫婦の10回目の結婚記念日。


いま、妻は3つの顔を持っている。

ひとつは職業人としての顔。

イラストを描いたり、印刷物のデザインをしたりする「ひとり自営業」で、原則としては家から一歩も出ない仕事だけど、クライアントは日本中どころか世界10カ国ほどに広がり、活躍の場はとても広い。

新聞で妻の描いたイラストを見かけることもあるし、たまたま本屋で立ち読みしていたら妻の描いた絵に出会うこともある。実家近辺をドライブしていたら、看板になった妻イラストをたまたま見ることもある。

遠い場所に行くと「○○○さん(妻)を囲む会」なんてのがお客様有志で開催されたこともあるし、某所にファンの集まりが出来たこともあった。

8年前、「田舎は仕事がない」「ならば自分で作ろう」ということではじめた仕事、未経験で最初は素人同然だったかもしれないけれど、今ではどんなに複雑で難しい要求にも的確に応え、多くの人々から信頼を集め、どこから見ても完全なプロフェッショナルだ。

もちろん税金もきちんと納め、家族4人の生活を支え、忙しい忙しいと言いつつも、お客様からの要望に細かくていねいに応えて、日々仕事をしている…それが妻のひとつめの顔だ。


次に子どもたちのお母さんとしての顔。

3歳も近づいてきた長男ハルトはいまだにおっぱい野郎で、二男夏樹とふたりに授乳をしている日々。
あまりよく寝ないふたりのために未だに夜はよく寝られないし、日中も授乳で手が止まることもある。

でも子ども達には誰よりも深い愛情を注いでいて、ハルトも夏樹もとても大事に、そしてていねいに育てようとしているのも妻。

ハルトはとてもおしゃべりだけど、それは妻が日々たくさん話しかけているからだと思うし、忙しい仕事の合間に子どもと向き合う時間を作り、心を込めて子育てをしているように見える。

夫が専業主夫だと言っても、子育てでの妻の役割はとても大きく、まさに二人三脚で子育てをしている…という感覚がある。


最後に妻としての顔。

結婚して今日で10年になるけれど、ちゃんと「妻」としての顔をしている妻。
2年前から夫が専業主夫になってもその姿勢に揺るぎはないし、お互いに尊重しあえる夫婦であることに変わりはない。

朝から夜まで毎日ずーっと顔を見合わせて、悪い方面に影響があるのでは?と心配していたけれど、それは杞憂だった。
妻は子どもだけではなく、夫とのコミュニケーションもちゃんと大切にしてくれていて、毎日こんなに顔を合わせていろいろしゃべっているのに、「夫が子どもと一緒に寝てしまうのは話をする時間が足りないから不満だ」…なんて言っていたほど。

彼女は「自分が幸せになるためには夫の幸せが必要」と思っているし、もちろん自分も「自分が幸せになるためには妻の幸せが必要」と思っている…結婚して10年経っても、子どもが生まれても、我らはそんな夫婦だ。

家族が増えて夫婦の絆は強くなる一方だし、きっとこれからもそんな夫婦の関係、家族の関係を大切にして暮らしていける。そう思うのは妻がきちんと夫を大切にしていると思えるから。


10回目の結婚記念日を迎えて、妻に伝えたいことはひとつだけ。
それはもちろん「ありがとう」。

横浜のアパートから出発した結婚生活、まさか10年後にこんな北海道の真ん中で子どもらと暮らし、しかも妻は家でSOHO、自分はシュフとして日々を送っているなんて夢にも思わなかったけれど、それはそれで素晴らしい日々だ。


まだ30数年しか生きていない自分たちにとって10年間はとても長い時間で、いろいろなことを思い出す。


駅前の不動産屋で小さなアパートの鍵を受け取ったこと。ふたりで指輪を買ったこと。

終電で午前1時半に帰ったらちゃんとご飯があって、食べずに待っていてくれたこと。
自分たちの結婚式で泣いたこと。

海の香りが心地よい、近くの海岸と広い公園をふたりで歩いたこと。
午後9時の雨の新千歳空港の風景。

北海道に移住しようと決め、苫小牧行きの片道きっぷを買ったこと。
引っ越しがおわり、空っぽになったアパートを後にしたときのこと。

家賃2千円のおもしろおかしい極寒の暮らし。
雑種犬をもらって「おくさん」と名付けたこと。
崖からクルマごと転落した交通事故のこと。

ここで生きていこうとと決めて家を建てたこと。
家が建って美装が終わり、初めて家のあかりをつけたあの日。

不妊治療、そして初めて妊娠検査薬に線を見た日。
それから10ヶ月、元気な男の子が産まれて大喜びしたこと。

泣く子を抱えて、不安な気持ちでクルマを走らせた日々。
会社を辞めて少しの間、主夫として生きていくことを話し合ったこと。

ハルトがすくすくと成長していき、一歩歩いた日。
暑い日にまたふたりめの男の子が元気に産まれて喜んだこと。


こんなところにはとても書ききれない日々があって、そして今の私たち家族がある。

10年間を振り返り、いつも一緒に過ごすことができて、お互いを尊重しあって生きていける、そんな夫婦でいられていることに感謝しよう。

10年間、いつだって妻と結婚して良かったと思っているし、これからもきっとそう思っていられると思う。

結婚したときは「いまがいちばん幸せ」と思っていたけれど、10年経った今また「いまがいちばん幸せ」と思える。


10回目の結婚記念日といっても気の利いたプレゼントがあるわけでも、特別おいしい食事があるわけでもなく、もちろんダイヤモンドも無いけれど、でも10年間無事にふたりで過ごし、家族でいられたことを一緒にお祝いしたい。

夫婦は一生連れ添う…ということを前提に考えると、10年なんてまだまだ若葉マークな夫婦の感じすらするけれど、でも自分たちにとっては大事な節目。


…今日はそんな2月22日。