春を待つこころ

今朝ラジオを聞いていたら、どこの話かわからないけれど福寿草が芽を出した…なんていう手紙を紹介していた。
いいなー、福寿草かぁ。

…春が待ち遠しい。

北国の長い長い冬。
それはそれで楽しみはたくさんあるけれど、緑を見ることが一切ないこの季節、右を見ても左を見ても雪の白さと空の青さ。
冬はいいよ!冬も楽しいよ!とよく言うし、それももちろん本当なのだけれど、でもやっぱり「春」が恋しい。

冬も折り返し地点を過ぎたこの季節になると、なにか無性に花、特に桜を見たくなり、ついつい桜前線とか航空会社のページに目がいってしまう。
まだ2月だというのに。

十勝の冬は長く、GW頃にもまだ雪が残っていることがある。
緑の季節は5月の下旬からだ。
すべての植物が文字通り一斉に命をふくらませるその季節の感動は言葉に言い表せないものがあるけれど、それもまだ3ヶ月も先のこと。

やはり関東で生まれ育った人間としては、子どもの頃のたくさんの思い出、卒業や入学などのそばには、いつも満開の桜の風景がある。
実家が鎌倉ということもあり、桜並木の下を自転車で走ったこと、桜の花びらでまっピンクになった道を歩いたこと、みんなでお花見をしたこと…そんな思い出と一緒にあるのが、やっぱりソメイヨシノだ。

源氏山公園という桜が見事なところが実家から近く、自分はそこが好きで、小学生の頃よく歩いたこと、犬の散歩をしたこと、いま妻となった人と一緒にベンチに座りいつまでも話をしたことなどを思い出す。

桜、という1つの花のために開花予報があったり、桜前線なんていう言葉があったり、やっぱり日本人の心には桜があるのだと思う。
春をひたすらじっと待って、ある時期にパッと咲いてパッと散る…そんな風景が日本人好みなのかもしれない。

毎年、十勝に春が来るのを待ちきれず、また十勝に咲くのはエゾヤマザクラという、ソメイヨシノとは別の品種であることもあって、4月頃には一足お先に春を感じにどこか小旅行に出かけることが多い。
一昨年は遠く熊本に桜を見に行った。一心行の大桜という大木は、それはそれは見事な桜。

昨年は函館。
十勝からは所要時間で考えると熊本並みに遠いけれど、満開のソメイヨシノの姿は、なにか心にグッと来るものがたしかにあった。

今年は妻の出産も近いので行けるかどうかわからないけれど、でも近場でいいのでどこかに桜を見に行きたいな。

そんなことを思う十勝の冬だ。