寒い家での日々

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ここ数日とても寒く、朝は氷点下20度前後まで冷え込んでいる。
とはいえ、今住んでいる新しい家はとても暖かく、家の中で長袖の服なんか着た事がないし、寝るときもTシャツ短パンくらいでOKで、家の中にいるとそんな屋外の寒さを感じる事は少ない。


そしてこの季節、思い出すのは北海道に移住して最初に住んだ古い家での生活のこと。

この新しい暖かい家とは対照的に、断熱材ゼロ、床は傾き隙間から地面が見えるような部屋で、すきま風はビュービュー。
吹雪の日なんかは家の中に雪が舞い、リビングの床には氷柱ができ、それはそれは寒い暮らしだった。

寝るときは厚い下着にパジャマを重ね着、電気毛布をはじめとして6枚重ねの布団…という感じで寝るのに、それでもこの季節は寒く、明け方布団の首の所が凍り付いていたり、あまりの寒さに布団から出られず、布団のなかで朝食をモソモソと食べたりした。

「風呂が寒い?それは入浴後にお湯落とすからでしょ?」
と言われて、なるほどそうか!と、入浴後にお湯をそのままにしておいたら、翌朝には浴槽全体が巨大氷になってしまい、春先まで毎日銭湯に通う羽目に…なんてこともあった。


そんな暮らしだけど、じゃあ悲壮感に満ちていたかというとそうでもない。

外に寝ているのとあんまり変わらないので、日々の温度変化を肌で感じる事ができる。

おっ今日は昨日よりちょっと暖かいんだな…とか、あ、太陽がでて壁がちょっと暖かくなったね…とか、おっ隣のおばさん雪かきをはじめたね…などなど。


特に2月下旬から4月くらいの時期は日々、ほんのちょっとずつ暖かくなっていくのを毎日全身で感じていて、まだまだ春は遠いのに、まだ台所のオリーブオイルは凍ったままなのに、なんだかワクワク。

つららがぽたぽたと溶ける音に心ときめき、昨日よりちょっと強くなった日差しを感じたり。

その変化はとても小さいのだけど、そういう暮らしをしていると、なんだかそんな変化にとても敏感になる…そんなことも知った。


そして怒濤の春。
布団の枚数はどんどん少なくなり、寒さをしのぐ工夫もしなくて良くなり、水道もちゃんと使えるようになり、食事中に食べ物が凍ったり、犬の水が凍り付く心配もなくなる。

長い長い冬を越えたあとの春の訪れの感動は言葉にできないものがあって、ただ「ずいぶん暖かくなったね」という話をしただけなのに、感動のあまり夫婦の目に涙が…なんて事もあった。


寒い家での暮らしはサバイバルでつらい事も多く、それは生きる力を問われるようでもあったけど、そのぶん家にいながらにして自然の変化を身体いっぱいで感じて、季節の変化を体感しながら暮らす…そんな暮らしもそれほど悪くはない。


それに対して、厚い断熱材ですっぽりと覆われた今の家はあまりにも暖かく、複層ガラスや高断熱カーテンで完全に外と遮断され、外の気配を感じる事も少ない。
日々の変化なんか全然わからない。

もちろんそれは私たちが望んだ暮らしではあるけれど、でもちょっとあの寒い家での生活が懐かしくなることもある。

子ども達には一生のあいだに一回だけでいいので、あんなふうな家で冬を越してみて欲しい…なんてこともちょっと思ったりもする。


結局、その家には3年住んで、春を3回迎える事になった。
この寒い家はまだ自宅の近くに建っていて、たまに家の前を通る事がある。

我らが転出して今年で6年。
その間ずっと空き家のままで、今は雪の壁に埋もれているけれど、そんな寒い日々を過ごしたことがあったなー、なんて横目で見ながら通り過ぎつつ、そんな暮らしがほんのちょっとだけ懐かしい日々だ。