定時に帰りたい

きゃらめるさんの記事とそこで紹介されている記事を読んでいたら、心の病と定時についての話。

というわけで、たまには自分のサラリーマンの話を少し。
考えてみれば「兼業主夫」なんて言って、平日まだ明るい時間にスーパーをフラフラしているのも、たしかに残業がほとんどないおかげ。

東京にいたときは、明るいうちに帰宅なんてありえなくて、それこそ京浜急行の午前1時頃に着く終電に乗って帰ることもしばしばだったし(これがまた車内は酒臭いし、かなり混んでいるしイヤなものでした)、徹夜もまあまああった。
身近に心の病にかかってしまう人もけっこう居た。

ところが地方にIターンしてからは、残業はあまりないし(少しはあるけど)、徹夜なんて5年間勤めて一度だってないし、土日に出勤することも年に1・2回あるかないか。
いまのところ心の病にかかってしまった人なんて見たことがない。

この差はいったいなんだろう?


そもそも、なぜ東京勤務は忙しかったか?
…それは、会社から要求される仕事量が多く、それをこなすのに時間内だけではとても無理だから。

なぜたくさんの仕事を要求されるか?
…それは会社に多くの売上げが必要だから。

なぜ多くの売上げが必要なのか?
それは……うーん…。
やはり各従業員に払う賃金が高いから…かなぁ?


いまのところ自分の職業(システムエンジニアないしはプログラマ)は、1人月というが「ひとりあたり月○○万円」という形で契約し、その期間はまるまるその会社の仕事、たとえばシステムづくりをして、そのお金をいただく…というような感じ。

たとえば、A社と1人月単価80万円という契約をしたとする。
2人で4ヶ月かかると見積もったシステムだったら8人月、つまり640万円ですよ、ひとりが1年かかる仕事だったら960万円ですよ…という感じで仕事をして自分の会社の売上げになる仕組み。


各個人あるいは各課には「このくらい売り上げるように」というノルマが提示される。

記憶があいまいだし、会社の規模も違うから単純比較はできないけど、たしか東京にいたときは、経験3年くらいの人の達成すべき年間売上額はひとり1千万円くらいだったような気がする。
一方現在の北海道勤務では700万円ちょいだったような…?


そしてこの差こそが、仕事の大変さの差、ということはないだろうか?
東京と地方ではそもそも単価がかなり違うというのはあるのだが、東京では複数のプロジェクトの同時進行をやったり(これはすごく大変)、契約人月より少ない人員で仕事を無理矢理こなしたりしていた。
高い単価を払ってくれる、しかし仕事もきつい客先の仕事を率先して受けたりしていたような気がする。
だいたい納期が超短期だったり、なにかとムチャな仕事のほうが単価は高いものだ。


会社はこの売上げのなかから、従業員の給料を払う。
売上げに対する人件費比なんてそんなに差があるものではないから、売上げの違いはそのまま給料の違いになる。

自分に当てはめて考えると、給料はたしかに大きく下がった。
東京を100とすると、今は65か70くらいか?
年齢による昇給の度合いも低いので、たとえばこの先5年10年と過ぎるに従って、その差はもっと広がるような気がする。

つまり地方勤務においては、要求売上げが低い=仕事への要求がわりと少ない、という図式があって、比較的仕事はきつくない。
ただし、それに応じて給料も安いのよ…という感じなのかも。

本当は、地方でも東京でも「猛烈働いて高給」「ほどほど働いて給料ソコソコ」みたいな個人にあった働き方が選べればいいと思うのだけれど、それはまだまだ先のことなのかな。